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東京高等裁判所 昭和45年(う)2398号 判決

被告人 小沢信義

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

理由

(控訴趣意)

弁護人岡田久恵、同村上寿夫共同提出の控訴趣意書記載の通りであるから、これを引用する。

(当裁判所の判断)

所論は、原判決の量刑不当を主張する。しかし、本件については、まず、職権で調査をする必要がある。すなわち、原判決は、原判示各事実を認定したうえ、その判示のような各法令を適用している。ところが、原判示第一の事実は、昭和四四年二月一八日の犯行であるから、昭和四五年法律八六号道路交通法の一部を改正する法律附則六項により、同法による改正前の道路交通法六五条、一一七条の二―一号、および同年政令二二七号道路交通法施行令の一部を改正する政令附則五項により、同政令による改正前の道路交通法施行令二六条の二を適用すべきすじあいである。それにもかかわらず、右各改正法令の施行後である昭和四五年九月一〇日に言渡された原判決が、原判示第一の所為に対し、単に道路交通法六五条、一一七条の二―一号、同法施行令二六条の二を適用するとしているのは、右各改正後の法令を適用した趣旨のものと解せざるを得ないから、この点において原判決は、法令の適用を誤つたものである。

また、原判示第二の事実は、その判文によつても窺われるとおり酒酔い状態における自動車運転中止の義務に違反してその運転を継続したことを専ら被告人の過失の内容としているものであつて、また、関係証拠に徴しても、当時被告人は、運転中、次第に酔いが強くまわり、意識も鈍く、頭も重くなつて、目先は一〇メートルくらいさきがやつと見える程度で、しかも、本件事故の現場では自己の車両が道路のどの辺を進行しているかも全くわからず、また、衝突の前後を通じて被害者らの姿に全く気づかなかつたことが認められるから、このような状態では、被告人として、本件具体的危険の発生した時点においては、高度の酩酊のため、前方を注視して被害者らを早期に発見し、結果を回避する手段をとることがもはや不可能であつた、といわざるを得ない。したがつて、かようなばあいには、酒酔い運転と業務上過失傷害との両者は、一個の行為で二個の罪名に触れるものとして処断するのが相当である、と考えられるから、これを併合罪として処断した原判決は、この点においても法令の解釈適用を誤つたものといわざるを得ない。

そして、右いずれのばあいもその法令の適用の誤りは、処断刑期の範囲を大きくする等判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

よつて量刑不当の所論に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従つて、当裁判所は、さらに次のとおり判決する。

原判決の確定した事実(ただし、原判文中「……遂にセンターラインを越えて対向車線上を進行するに至り、……」とある部分を除く。―道路交通法一七条四項一号参照。)に法律を適用すると、被告人の原判示第一の所為は、昭和四五年法律八六号道路交通法の一部を改正する法律附則六項により、同法による改正前の道路交通法六五条、一一七条の二―一号、同年政令二二七号道路交通法施行令の一部を改正する政令附則五項により、同政令による改正前の道路交通法施行令二六条の二に、原判示第二の所為は、各被害者ごとに、刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に各該当するところ、以上は、すべて一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるので、刑法五四条一項前段、一〇条により、結局最も重いと認められる岡本誠に対する罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期範囲内で被告人を禁錮六月に処することとする。

(量刑理由)

被告人の本件犯行は、酒に酔つて自動車を運転し、その酔いのため確実な運転を期し難い状態となつたのに運転を中止することなく、あえてそのまま運転を継続進行した過失により、おりから同一方向に向かい道路右側を一団となつて歩行していた岡本誠、飯岡一らに全く気づかず、後方から同人らに自車を衝突させ、別段の落度も認められない右両名に傷害を負わせた、というものであつて、とくに右岡本に与えた傷害の程度は重く、それに、もともとこの道路は、道幅も約六・二〇メートルもあつて、それほど狭いとはいえないし、そのうえ一方通行に指定されていて格別運転が困難な場所とも思われないのに、このような事故を起こし、しかも、酒酔いのためにこれに気づかなかつた、というのは、きわめて危険な運転であつて、これらを思えば、本件についての被告人の刑責は、けつして軽いものとはいえず、到底その刑の執行を猶予し得べき案件と認めることはできない。ただ、被告人は、昭和四三年六月一一日立川簡易裁判所において道路交通法違反の罪(信号機一時停止無視)により罰金五、〇〇〇円に処せられたほかは別段の前科歴もなく、一方、本件被害者らの傷もすでに治ゆし、同人らとの間に示談も成立しており、とくに、岡本に対しては原判決後にいたつてさらに追加示談金として一五万円を支払つているなど、諸般の事情を考慮して、主文のように量刑した。

なお、弁護人の控訴趣意中に、量刑事情として、被告人は、本件事故直後いつたん帰宅してそのさいコツプ酒一杯を飲み、その直後事故現場に引き返したところ、同所でアルコールの検知が行なわれているのであるから、本件事故当時にあつては右検知のさいにおけるほど酒気を滞びていなかつた、と主張する。

しかし、被告人は、司法警察員に対しては事故を起こした後は酒を飲んでいない、と述べているし、また、仮に、所論のいうような飲酒の事実があつたとしても、酒酔い運転のため事故を起こしたことを気づくにいたつた後においてなお酒を口にすること自体が、事情のいかんを問わず不謹慎のそしりを免れないばかりでなく、さきに述べたような本件事故当時における被告人の酩酊状態を考えれば、右事故後における飲酒の事実は、本件についての量刑上格別しん酌に値いするものとは思われない。

よつて、主文のとおり判決する。

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